ビニールクロスは塗り壁を駆逐した

「ビニールクロスは塗り壁を駆逐した」

グレシャムの法則「悪貨は良貨を駆逐する」は、良貨(金貨)を人々は溜め込んで使わず、悪貨(金貨でない)だけが使われるようになるということだったと思う。それから、低俗な文化やものがはやり質の高い文化やものが衰えてしまう意味だったように記憶している。

だいぶ前のことであるが、新築から10年を超えてからは、実家のビニールクロスの劣化が甚だしく、嫌悪感を抱いていた。しかし、実家の木の壁や天井、砂壁は劣化ではなく、経年変化でむしろ趣があった。

この単純な実体験から、25年以上前に実家の風呂場、洗面所、脱衣所をリフォームした時に、壁、天井、床についてはビニールクロス以外を使うように依頼した。当時理由は分からなかったが、担当者はしきりにビニールクロスを進めてきた。しかし、それをなんとか退けて木製の壁や挽き板の床にした。ビニールクロスを採用しなかったので、25年経った今でもビニールクロスのような酷い状態にはなっていない。

ひょんなことから、防音室を作る計画をし、自分が望む仕様はあまりにも高額なので、建て替えを検討することになった。

そこで驚いたのが日本の新築の9割が壁にビニールクロスを使用していることだった。建て替えの打ち合わせでも、壁の素材についてはこちらから切り出さないと、全く議題に上らないのであった。ビニールクロスを使うのが前提でほとんどの人が疑問を抱かないのであろう。

「ビニールクロスを使いたくない」というと、「こだわりが強い」というようなことを言われた。内心では「こだわりではなく、高い家という買い物に、長く持つ素材を使うということは、普通のことではないか」と内心思っていた。しかし、塗り壁、漆喰などを使うと非常に高額になるということで、9割以上の人が結局ビニールクロスを採用しているようである。

耐久性、長期的な経済的な損得、身体への影響などを考えると、ビニールクロスがこんなに使われているのは驚愕だ。まさにビニールクロスを製造し、施工している側の都合が押し付けられているのではないだろうか。本来それほど高くなかった塗り壁が人々の手に届きにくくなったということは非常に遺憾だ。

自分の五感を十分に働かせれば、「偽物」を不快と思える人間であり続けたい。しかし、そういう人間も駆逐されてしまうほど、大勢から支持を得た「偽物」の力は計り知れない。